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「今夜、彼女は渋谷で」

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Column2022.09.01
「今夜、彼女は渋谷で」
Column2022.09.01
「今夜、彼女は渋谷で」
2週間に1度、4回連続でお届けする短編連作小説、「今夜、彼女は渋谷で」。渋谷や渋谷ヒカリエを舞台に、4人の女性がさまざまな悩み、体験を語ります。第3回は、前回の主人公・紗也華が渋谷ですれ違った、ベージュのバッグの持ち主・「菜穂」が主人公。センスのよい友達にあげるプレゼント選びに迷う中、一緒にいる彼の関心の薄そうな態度が気になってしまう菜穂だが…。

第1話はこちらから

第2話はこちらから

第3話:「プレゼント」

 入浴剤。いや、浴槽じゃなくてシャワー派かも。

 ボディクリーム。匂いの好みが分かれそう。柑橘系なら大丈夫かな。でも、家に余ってる可能性もあるよね。よくもらうものだし。

 ハンドクリーム、も同じか。

 やっぱりさっきのカゴバッグが可愛かった気がする。でも、予算オーバーだったしなあ。

「どうしよう、決められない」

 わたしのつぶやきが、聞こえなかったのか、それとも無視したのか、修二は何も答えなかった。英語だらけのシャンプーのラベルを見ている。いや、別のものを見ているのかもしれない。

「ねえ、どうしよう、決められない」

 軽く叩くように背中に触れて言うと、ああー、と言葉が返ってきたが、視線は棚から動いていない。

「柚乃って、すごくセンスのいい子なんだよね。自分の好きなものや似合うものがわかってる感じっていうか。もともとの顔立ちも可愛いし、雰囲気も柔らかいから、かなりモテてて、高校時代からしょっちゅう告白されてた。偶然告白される場面を二回くらい見かけたこともあって、気まずかったよ」

 わたしは柚乃の説明をするが、修二は聞いているのかどうかわからない。最近はこういうことが増えた。一緒にいても、わたしばかりしゃべっている気がする。

 付き合いはじめた大学時代は、もっといろいろ話してくれていた気がする。ゼミの話とか、友だちの話とか。それぞれ就職した直後も、少しは仕事の話をしてくれていたけど、最近は全然だ。こっちから聞いてみても、相変わらずだよ、とか、まあまあ、とか、そんな反応ばっかり。どうせわたしにはわからない、と思っているのかもしれない。

 本当はもっと柚乃についてもいろいろ伝えたい。高校時代のエピソードとか、初めての一人暮らしで緊張しているらしいとか。だけど、柚乃が三年勤めた地元の広告会社を辞めて、東京のデザイン事務所で働くことになったという話も、連休に地元で開催された飲み会でそれを聞いたという話も、さして興味を示してくれていなかった。寂しいけど、柚乃の引越し祝い選びに付き合ってくれるというだけでも、満足しなくてはいけないのかもしれない。

「あ、ねえ、ここってヒカリエだよね?」

「そうだけど」

 修二の問いかけに、今さら何を言っているんだ、とわたしは不思議に思う。

「上行こうよ」

「上?」

「いいから」

「いや、何があるの?」

 近くのガイドマップで、何かを確認すると、わたしの質問には答えないまま、修二はのぼりのエスカレーターに乗る。


 

「こっち、レストランでしょ? 先にごはん食べるってこと?」

「じゃなくて」

 じゃあ何、と苛立ってしまうが、付き合ってもらってるんだし、と我慢する。エスカレーターを乗り継いで、たどり着いたのは八階だった。ここに何があるというのだろう。

「あ、こっち、ここ」

 修二がそう言ったのは、わたしも初めて来る場所だった。綺麗に並べられた棚の上には、さまざまな商品が並んでいる

「ここって」

 何なの、と訊ねようとするより先に、修二が言う。

「なんか、日本各地のいろいろなものが売ってるらしいよ。調味料とか、雑貨とか。会社の女の人たちが話してて、あ、菜穂が好きそうだなと思って。ユズノちゃんにもいいんじゃない?」

 わたしは何を言っていいのかわからなくなる。わたしのことを考えていてくれていたのか、とか、柚乃の名前もちゃんと記憶してくれていたのか、とか、そういういろんな驚きが混じって。それでもきちんと言うべき言葉があった。

「……ありがとう」

 ここで柚乃のプレゼントだけじゃなくて、修二が好きなものも見つけなくては、と思う。いや、一緒に探せばいいか。思わず口角が上がるのが、自分でもわかった。

 

加藤千恵
歌人、小説家
かとう・ちえ/1983年生まれ、北海道旭川市出身。東京都在住。高校在学時の2001年に、初の短歌集『ハッピーアイスクリーム』を出版。以降、小説も精力的に執筆。近著に『そして旅にいる』、『この街でわたしたちは』(ともに幻冬舎文庫)がある。http://katochie.net/

illustration : Yuki Takahashi

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