――10代の頃は鎌倉にお住まいだったそうですね。
鈴木 ギャルだった当時は、遊び場=渋谷だと思っていて、とにかく渋谷に出たいし、出ようとしていました。渋谷に通いたいという動機もあって、五反田にある高校を選んだんです。五反田まで定期で出られれば、プラス150円くらいすれば渋谷まで行けるから(笑)。鎌倉からだと片道700円くらい、往復で1000円を超えますから、毎日となると学生にとっては死活問題です。結果、15歳の頃から20代に至るまで、週に5日は〈SHIBUYA109〉の地下や渋セン(渋谷センター街)のマクドナルド前でぐだぐだと溜まって友達とおしゃべりしたり、プリクラを撮ったり、夜遊びに行ったり、というのが定番になりました。
――鈴木さんのギャル時代である90年代の終わりから00年代は、まさにギャルカルチャーが花開いた時代。当時の渋谷には、独特の熱気がありました。
鈴木 そうですね。でも面白いのは、その少し前に「渋谷系」という言葉も誕生し、俗に言う雑誌『Olive』を愛読しているような“オリーブガール”たちが聴いているおしゃれな音楽も渋谷界隈で人気があった。また、パルコやロフト、無印良品などの隆盛もあって、人によって渋谷のイメージや受け止め方はかなり違うと思います。そういう街って、実はあまりない。私は新宿にも長く住んでいたので歌舞伎町周辺も好きですが、歌舞伎町にしろ、下北沢にしろ、秋葉原にしろ、街のイメージってある程度固定されていますよね。でも、渋谷はそれがすごく流動的であり、雑多です。いろいろな顔があるというのも、渋谷に飽きない理由のひとつだと思います。
――鈴木さんは、その後大学在学中にキャバクラのホステスやAV女優を経験し、日本経済新聞の記者を経て、現在は作家として活躍されています。そんな変遷もありつつ、高校生から今に至るまでずっと渋谷がお好きとのことですが、今の鈴木さんが歩く渋谷には、どんな場所がありますか?
鈴木 真っ先に思いついたのが何を隠そう〈渋谷ヒカリエ ShinQs〉のトイレです(笑)。〈渋谷ヒカリエ〉が開業したときに、一番感動したのはカフェとトイレが豊富なこと。トイレは各階でコンセプトが違うスペースが併設されていて、楽しいです。
先ほども話した通り、10代のころはずっとマルキュー(SHIBUYA109)に入り浸り、トイレで化粧直しをして、友達とだらだらしゃべっていました。当時はそこに大人がやってくるとなんだか場違いな感じがするなと思っていましたが、いざ自分が大人になると、今度はこちらが入りづらいな…と思うようになって。大人が落ち着いて化粧直しできるきれいなトイレがあったらいいのに、と思っていた矢先にできたのが〈渋谷ヒカリエ〉でした。
各階ごとにルームのデザインやBGM、漂うアロマの香りも替えている。スマートフォンからトイレの空き状況を確認できるサービスや、パパも利用できるベビールームも併設する。
駅から直結なのも便利です。駅についたら、まずは〈渋谷ヒカリエ〉で化粧直しをしてからご飯や飲み会へ行くのが定番。〈渋谷ヒカリエ〉ができた当時、“私はこのトイレを長く愛すだろうな”と思いましたが、実際に10年愛用し続けています。地下フロアにさっと寄って食料品が買えるのもありがたいポイントです。
――渋谷では、映画や美術館にもよく行かれるそうですね。
鈴木 はい。映画を観にいくのは新宿か渋谷。今は閉館してしまった〈シネマライズ〉や〈アップリンク〉をはじめ、渋谷はかつてミニシアターの街でもありました。〈ユーロスペース〉もそのひとつで、学生時代から通っている映画館です。
アジア映画やフランス映画など、大手シネコンでは扱わないようなインディペンデントな作品が多く上映されるので、いつもチェックしています。ロビーに飾ってある過去のフライヤーを眺めたら、記憶に刻まれている作品がいくつもあって、ああたくさん通ったんだな…としみじみしてしまいました。映画鑑賞だけでなく、何度かイベントに登壇しましたし、他の方のトークショーを見に来たことも。また、同じビル内の〈LOFT9 shibuya〉にもよく行きます。
鈴木 渋谷の映画館では、〈Bunkamura ル・シネマ〉も、ここでしか観られない作品選びが好みでした。また、〈Bunkamura〉は美術館の〈ザ・ミュージアム〉も足繁く通っている場所。B1のカフェレストラン〈ドゥ マゴ パリ〉は、展示を見た後などにちょっと寄ったり、映画や観劇の前に友達と待ち合わせをしたりする定番の場所でした。
〈ドゥ マゴ パリ〉は外のテラス席が好きです。吹き抜きの雰囲気が海外のカフェのようで気持ちよくて。渋谷って道が狭いから、オープンテラスのあるお店がすごく少ない。私は、外でご飯を食べるのが気持ちよくて好きなんです。〈ドゥ マゴ パリ〉はそんな渋谷においてとても貴重なお店でした。〈Bunkamura〉の営業が再開したら、ぜひまた戻ってきてほしいです。
友達とお茶をするときは、ケーキセットが定番ですね。でも、クラシカルなステーキフリットもおいしくて、お昼によく食べていました。
LES DEUX MAGOTS PARIS(ドゥ マゴ パリ)
住所:東京都渋谷区道玄坂2-24-1 Bunkamura B1F/1F
電話番号:03-3477-9124
営業時間:11:30〜22:00(L.O.21:00)、日・祝11:30〜21:00(L.O.20:00)
*長期休館に伴い、2023年4月9日にて営業終了。
――ほかに最近のランチの定番はありますか?
鈴木 〈フラクス(東急プラザ渋谷)〉にある〈CÉ LA VI Tokyo〉が好きです。17・18階にあり眺望もいい。ここから渋谷の雑踏を見下ろし、かつて地べたをはいつくばっていた女子高生だった時代を思い出すと、大人になったなと思います。
料理はモダンアジアンテイストでおいしいんです。よく頼むのは、アジアンバーガーやトムヤムクン。よく、担当編集者と打ち合わせがてらランチを取るんですが、ランチの時間帯でも予約ができるのも便利です。
大きめの仕事を終えたときに、“プチ打ち上げ”と称してコースの予約をすることもあります。アラカルトでカジュアルにも、きちんとしたご飯にも使えて、融通の利くところも好きなポイント。
ーーギャル時代から現在まで、鈴木さんはずっと、渋谷といい距離感で過ごされているのですね。
鈴木 でも、渋谷という言葉を聞くと、やはり10代のときの印象が強いです。鎌倉に暮らしていた女子高生にとっては、永遠にキラキラとした憧れの街だったから。そうあり続けてほしいという思いが、今も自分の中にありますね。大人になっても慣れることなく、この場所に憧れ続けたい。何もかも知っている自分の庭、みたいになったらつまらないんじゃないかなと思います。
そして、それが叶う街だとも思っています。今も新しいビルがどんどん建っていますし、来るたびに街の景観も変わり、新しいお店も増え続けている。待ち合わせをしても「それって、どこ?」となることもしばしば(笑)。いつもと違う出口から出たら迷子になることもある。それがいいんだと思います。六本木ヒルズは、何回訪れても飽きないようにビルの構造を複雑にした、という逸話もありますが、手に取るようにわかってしまうとつまらない。渋谷は、そういう複雑さや難解さを街全体が持っている。そんな特別な場所なのだと思います。
プロフィール
鈴木涼美(すずき・すずみ)
作家 1983年、東京生まれ。慶應義塾大学環境情報学部在学中にAV女優としてデビュー。東京大学大学院修士課程修了後、日本経済新聞社に勤務。東京本社地方部都庁担当、総務省記者クラブ、整理部などに所属。 2013年に修士論文を元にした著書『「AV女優」の社会学 なぜ彼女たちは饒舌に自らを語るのか』(青土社)刊行。2014年に日本経済新聞社を退社し、作家活動を本格的に始動。著書に『オンナの値段』(講談社)『非・絶滅男女図鑑』(集英社)など。デビュー小説『ギフテッド』、2作目『グレイスレス』(ともに文藝春秋)は2作続けて芥川賞候補に選出された。
*2023.2月現在の情報です。内容など変更になる場合があります。
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*取材は、撮影時以外はすべてマスク着用にて行われました。
photo:Natsuko Miyagi text:Kana Umehara